「鬼は~外!」「福は~内!」と大声をあげて豆をまいた経験は誰しもあると思います。
世の中のお父さんは節分の日の夜、会社のお仕事でヘトヘトになって帰宅すると、
玄関のドアノブに奥さんによってぶら下げられた赤鬼の面を被って、朝の出勤時の夫婦の打ち合わせ通りドアをあけたとたん「鬼はー外!」とお子さんに豆をぶつけられて「うぎゃー」とか言って逃げ出す演技をされた、という経験をお持ちのかたもいらっしゃるかもしれません。
お子さんが大きくなるまでの僅か年間の思い出ですよ。微笑ましい話です。
節分というのは本来、年に4回あります。
日本の四季の春夏秋冬の「節目」をわける行事として「立春」「立夏」「立秋」「立冬」のそれぞれの前日を「節分」といいうのです。
でも、いまでは節分というと2月3日頃の「鬼は~外」の豆まきがイメージされますよね。
2月3日「頃」といいましたが「え!2月3日が豆まきの日で確定じゃないの?」と疑問に思われた方に言いたい。
そうです。実は2月3日で固定されているわけではないのです。
節分は2月3日と決まっているわけではない!
いま、このブログ記事を書いているのは2021年の2月3日です。
実は会社帰りにスーパーに立ち寄って「あれ?今日は2月3日なのに豆も恵方巻もない?」と不思議に思い、よくよくカレンダーを調べたら、なんと「2月2日 節分」とあるじゃないですか!びっくりしたー(笑)
「いつ節分の日付が変わったの??」とプチ・パニックになりかけましたが、グーグル先生が付いていてくれるのが21世紀の素晴らしいところ。すぐ検索し解決しました。
今年、2021年の節分は前述しましたとおり2月2日。これは実に明治30年以来、124年ぶりとのことです。
因みに2月3日から1日遅れの2月4日に節分だったのは37年前の昭和59年。
とにかくずっと2月3日が主流だったのですが、今後は2月2日が数年おきに節分になるようです。次回は2025年が
2月2日の節分らしいですね。
どうしてこういうことになっているのかというと、冒頭で述べました通り、節分は暦の上での「立春」の前の日だからです。
そして、その「立春」は365日という暦と太陽の周期の微妙なずれを4年に1回調整する「閏年」によって、カレンダーとしての日付がずれます。もちろん「立春」がずれると、その前日である節分の日もドミノ式にずれる、という結論です。
古来「立春」といえば「新春」!そうです。つまり正月ですよね。その前日の節分は、いわば「大晦日」にあたります。
1年の終わりに豆まきをして災いを追い払い、翌日の「新年」を新しい気持ちで迎えたい、という「スーパー節目の日」なのです。
なぜ節分に豆をまくの?その歴史と意味は?
我が国に存在する他の様々な年中行事と同様、節分も現在のように科学技術の発達していない社会で、神仏や、天災、病など、ありとあらゆる人智を超えた脅威にたいする人々の「畏怖」が生み出したものだと思います。
いまでも「季節の変わり目は健康に気をつけろよ」などという会話がみられるように、古来、季節がきりかわる節目には「邪気」が生じると考えられており、畏怖の対象の象徴であった「鬼」に豆を投げつけることによって「鬼」を追い払い、邪気を払うという効果を求めたものです。
なぜ「豆」なのかというと、豆は「魔目」「魔滅」などという字であらわされ、それを大量に鬼にぶつけて追い払ったという平安時代からの言い伝えに基づいているといいます。
節分の豆はよく四角い升に入って売られていますが、もともとは炒り豆を升箱に入れて神棚に備えていたことの名残です。
炒り豆を使うのは「炒る」が「射る」に通じ、鬼・邪気を射殺すという縁起を担いだからだといわれています。
豆をまき終わった後「年齢の数だけ食べる」というコントのオチのような行事(笑)も「魔滅」を体内に取り入れて無病息災を願うというところからきているのですね。
5歳の男の子が「おじいちゃんは65個なのに僕は5個だけ?うぇ~ん」と泣いて怒るのも、全国の各家庭でこの夜に発生するアルアルな風物詩です。
全国各地の面白い「節分」あれこれ!
小学校のとき担任の先生が「私の地元では「鬼は~内!福は~内!」だ!」と力説して、生徒全員が大爆笑した思い出がありますが、大人になってから思い出して、その先生と同じ郷里の群馬県の方にお酒の席でその話をしたら「100%事実」とドヤ顔で言い放たれ、驚きました。
群馬県の鬼石という地名のところや栃木県の鬼怒川など、地名に「鬼」がつくところでは全国から「鬼は~外」と言われて、豆をぶつけられて逃げてきた鬼さんたちを「こっちに来なよ」と迎え入れてあげる優しいニュアンスでの「鬼は内」なのだそうです。奈良県や東京都の新宿でも「鬼は内」というお寺はあるそうですよ。
全国から神様が居なくなる「神無月」を、神が集まる出雲だけが「神有月」と呼ぶように、どんなものにも逆張りがあるんですね。でも、鬼を迎え入れるなんて、やはり日本人は優しいなぁ、っとホッコリ(●^-^●)しました。
日本も広いので、地域によってはいろいろなバージョンの節分があります
埼玉県の鬼鎮神社などは「福は~内、鬼は~内」にさらにプラスして「悪魔~外」というらしい!う~ん、その掛け声、聴いてみたい!
よく考えると「鬼」は「鬼神」などという言葉もあるように、神の仲間とみられていた節もあり、由緒ある寺院には、魔よけとして「鬼瓦」もあるくらいですからね。「悪魔」とは別格、というのもわかります。
「鬼=大荷」として商人の家では縁起物として「鬼は~内」としているケースもあったようです。
また「鬼子母神」も鬼を祀っているだけあって「鬼は~内」のところがあるみたいですね。
他には、北海道や東北、信越、九州などで「殻つき落花生」を豆まきする風習も残ってのですって。
殻に入った落花生を撒けば、そのあと拾って食べるときも不衛生にはならないですよね。なんか合理的だなぁ。
面白いのは香川県のさぬき市や広島県三原市の一部地域で、子供たちが「鬼の豆をくださいな~」と袋をもって家屋をめぐり、豆やお菓子を貰って歩くという、まさにハローウィンの「トリックorトリート」みたいなことが江戸時代くらいからの古い風習として残っているのだそうです。
年号が平成になってから人気が全国区となった「恵方巻」は、一説によると西日本のどこかの一部地域の細々とした風習を、大正時代の女衒で余興に楽しんだのが始まりで、20世紀末にコンビニ・チェーンがブームを仕掛けて広がった、と言われています。
その年の「恵方」の方角を向いて、1本の太巻きを喉の奥まで突っ込んでほおばり、無言でムシャムシャ完食すると無病息災!という「オイオイ!その行為自体が身体に悪いだろう!」と総ツッコミ入れたくなる風習ですが、一気に知名度が上がり、気を良くしたコンビニは「夏恵方巻」までをリリースという過熱ぶりでした。
ここ数年、節分に作りすぎて大量の在庫を処分という本末顛倒な事態にまで至り「食べ物を粗末にするな!」と批判が集ままったことで、予約制にする「受注生産方式」で在庫余りを防止するなど、ようやく鎮静化してきた様子です。
バレンタインと同様、大企業が広告代理店と手を組んで仕掛ければ「ブーム」はたやすく作られるという証左になりましたね。
さいごに
いま節分というと、有名なお寺でお相撲取りの力士さんや芸能人が豆をまいているイベント的な要素がメディアで喧伝されがちですが、平安の世どころではなく、それより以前の奈良時代から、疫病退散の願いを込めて連綿と続く真の文化的行事だったのですね。
奈良・平安時代から江戸時代に至るまで、日本の歴史は天然痘などの疫病との戦いの歴史でした。
近代になってもスペイン風邪があり、そしていま、令和の御世になっても、我々ば新型コロナウィルスという病と戦っています。
そう考えると「節分」に込められた意味は深いですよね。
古来からの日本人の「祈り」は、そのまま現代を生きる我々の「祈り」でもあるのです。
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